大判例

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浦和地方裁判所 平成5年(ソ)2号 決定

抗告人

川口金属工業株式会社(以下「抗告会社」という。)

右代表者代表取締役

鈴木健

抗告人

宮崎秀樹(以下「宮崎」という。)

抗告人

間瀬雅治(以下「間瀬」という。)

抗告人

栗野則雄(以下「栗野」という。)

右抗告人ら訴訟代理人弁護士

竹内康二

藤本えつ子

千原曜

久保田理子

清水三七雄

大久保理

原口健

河野弘香

野間自子

相手方

株式会社三菱電機ライフテック関西(以下「相手方会社」という。)

右代表者代表取締役

杉原行幸

相手方

松山薫人(以下「松山」という。)

右相手方ら訴訟代理人弁護士

辛島宏

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を川口簡易裁判所に差し戻す。

理由

第一本件抗告の趣旨及び理由の要旨

一抗告の趣旨

1  原決定を取り消す。

2  相手方らの移送の申立を却下する。

二抗告の理由の要旨

1  商法五一六条及び民訴法三一条の解釈適用の誤り

(一) 本案は、交通事故による人的及び物的損害の賠償請求、すなわち不法行為に基づく損害賠償請求であるところ、原決定は、「商法五一六条を類推適用して不法行為における債務の履行も営業所になして差し支えない」とするが、同条は商行為から生じた債務の履行場所に関する規定であり、商行為でないことが明らかな、不法行為による債務の履行場所にまでこれを類推適用するのは同条の解釈を誤ったものである。

(二) したがって、抗告会社の大阪支店所在地は、右抗告人らが本案において請求する不法行為による損害賠償の義務の履行地ではない。

右義務の履行地は、民法四八四条、商法五四条により、抗告会社については埼玉県川口市の同社本店所在地である。また、民法四八四条により、宮崎については三重県名張市の、間瀬及び栗野については愛知県半田市の各住所である。

(三) 一方、相手方らの普通裁判籍は両名共に大阪府吹田市にあり、本件不法行為地は大阪府豊中市である。

(四) それ故、大阪簡易裁判所には本案につき管轄がなく、およそ管轄を有しない裁判所に移送することは、民訴法三一条に違反する。

2  裁量による移送の不当性

(一) 松山が起こした交通事故によって抗告人らに生じた損害のうち、抗告会社所有の車両(以下「被害車両」という。)の修理代及び身体に傷害を受けた三人のうち最も傷害の程度の重い宮崎の治療費は、事故の発生態様及び過失の程度を争ってはいない相手方らによって既に支払われているので、抗告人らが本案で請求しているのは、被害車両の評価損、間瀬及び栗野の治療費、宮崎、間瀬及び栗野の傷害慰謝料並びにこれらから派生する損害の賠償である。

これらのうち、治療費については医療機関の請求書等により立証は十分であり、今までの交渉過程で相手方らは実際争っていなかったことからも、本案において争点とはならないことが予想される。被害車両の評価損及び傷害慰謝料についても争点はその評価であり、被害車両における損壊の程度及び被害者における傷害の程度や治療の程度は、既存の書類から明らかであって争点とはならないことが予想される。

従って、本案の審理においては、修理担当者や治療に当たった医療関係者の出頭は必要がないものと考えられる。

(二) 抗告人らのうち、抗告会社を除く三名は川口市近郊に居住してはいないが、これらの者は川口簡易裁判所による審理を求めているのであるから、その出頭の煩を損害として考慮するべきではない。

(三) 本案における抗告人らの請求金額中最大のものは抗告会社が被った被害車両の評価損であるところ、右車両は、抗告会社本店の決裁及び勘定で購入したものであり、その所有者も右本店であるから、この点につき抗告会社は重大な利害を有し、被害車両の評価損の立証にあたっては、本店の担当者の証言が必要となることもある。

(四) 他方、相手方らの便宜を考慮する必要があるとしても、本案では全面的に相手方らに責任事由があるのであるから(赤信号で停止中に追突)、軽率な加害者の利益を重視して損害を受けた抗告人らの損害填補を軽視することはできない。

(五) 以上からすれば、本案の審理を川口簡易裁判所で行っても著しい損害または遅延が生じるとはいえないから、原決定の判断は不当である。

第二当裁判所の判断

一まず、本案における義務履行地について、商法五一六条を類推適用することの可否について判断する。

1  一件記録によれば以下の事実が認められる。

(一) 本案は、平成四年八月二四日午後六時ころ、大阪府豊中市上新田一丁目一〇番先路上の交差点で信号が青に変わるのを待って停車していた宮崎が運転する被害車両(普通乗用自動車)に松山が運転する相手方会社所有の普通貨物自動車が追突し、宮崎と共に被害車両に同乗していた間瀬、栗野が頚部を負傷し、被害車両の後部が損壊したこと(以下「本件交通事故」という。)について、抗告人らが、相手方らに対して民法七〇九条、七一五条、自賠法三条に基づき損害賠償を求めるものである。

抗告人らが請求している本件交通事故による損害は以下のとおりである。

[抗告会社]

(1) 被害車両の評価損 二八万円

(2)、(3)、(4)〈省略〉

合計 三九万二七二四円

[宮崎]

(1) 通院慰謝料 八万七五〇〇円

(2)、(3)、(4)〈省略〉

合計 一九万五〇〇〇円

[栗野]

(1) 治療費 一万三四〇円

(2)、(3)、(4)〈省略〉

合計 五万三四〇七円

[間瀬]

(1) 治療費 九六九〇円

(2)、(3)、(4)〈省略〉

合計 五万二六二七円

(二) 抗告会社は、肩書住所地である埼玉県川口市に本店を有するほか大阪市北区芝田二丁目七番一八号に大阪支店を設けて営業活動をしており(以下単に「大阪支店」という。)、その所有する被害車両を右大阪支店に使用させている。

(三) 宮崎は大阪支店の構造機械部産業課長である。

(四) 宮崎は三重県名張市に、間瀬及び栗野は愛知県半田市に、松山は大阪府吹田市にそれぞれ住所を有し、相手方会社の本店所在地は大阪府吹田市である。

2  原決定は、商法五一六条を類推適用して、抗告会社の大阪支店所在地に本件交通事故による損害賠償債務の義務履行地を認めることができるという。

3  そこで同条について見るに、同条一項が商行為から生じた債務の履行場所について、行為の性質や当事者の意思表示によって定まらない場合には原則として債権者の現時の営業所を履行場所とする旨規定し、同三項が支店においてなした取引についてはその支店をもって営業所とみなすと規定する趣旨は、商取引の便宜を図るとともに商取引の当事者の合理的意思を尊重しようとするものである。

4  本案の対象は、大阪支店の商取引とは全く関係のない交通事故により生じた損害賠償債務の存否であって、その債務の履行場所については商取引の便宜を図るという要請の働く余地はなく、また、本件交通事故の当事者が本件交通事故発生当時に損害賠償債務の履行場所を大阪支店とする意思を有していたとは考えられない。

5  従って、本案の義務履行地について同条を類推適用する余地はない。

6  民訴法三一条によって移送する先の裁判所は管轄権のある裁判所でなければならないところ、本案について他に大阪簡易裁判所に管轄を認めるべき理由は見当らない。

7  従って、管轄を有しない大阪簡易裁判所に移送した原決定には商法五一六条の解釈適用を誤った結果民訴法三一条の適用を誤った違法があるといわざるを得ない。

二次に、本案は管轄を有するどの裁判所で審理するのが最適かについて判断する。

1 前記認定一1の事実によれば、本案は、民訴法一条により吹田簡易裁判所に、同法五条により川口簡易裁判所、上野簡易裁判所、半田簡易裁判所に、同法一五条により豊中簡易裁判所にそれぞれ管轄があることになる。

2  ところで、民訴法三一条が当事者の申立によるほか職権によっても移送の判断をなし得ると規定した趣旨は、著しい損害又は遅延を避けることが当事者の利益にとどまらず、迅速な訴訟促進という公共の利益をも有していることにあることからすれば、当事者の申立により移送の判断をすることになった受訴裁判所としては、当事者が指定した受移送裁判所に拘束されることなく、公益の観点からも移送の要否及び移送をする場合の最適な受移送裁判所について、審理を尽くした上決定できるものと解するのが相当である。

3  そこで判断するに、一件記録によれば、宮崎が治療を受けた病院、被害車両の修理工場、被害車両の損害調査に当たった保険会社の支店はそれぞれ大阪市若しくはその周辺に、間瀬及び栗野が治療を受けた病院は半田市にあることが認められる。

4  抗告会社は、本件交通事故の態様、過失の程度、治療費等について相手方との間で争いがない旨主張し、これが事実であれば、特に証人尋問等は不要となり、本案を川口簡易裁判所で審理したとしても著しい損害又は遅延が生じるとはいえないから、抗告人らのうち、相手方らに対して最も多額の請求をしている抗告会社の所在地を管轄する右裁判所で審理することが適しているとも考えられる。

5  しかしながら、これらの判断は、まずもって本案の被告らの応答いかんに係るところ、未だ答弁書等の提出さえもないことから、本案の被告らが原告らの請求のいかなる点を争うのか、また、争点に関する立証手段が何か(医師、被害車両の修理担当者、保険会社社員等関係者らの証人尋問、鑑定等が考えられる。)等について、全く明らかにされていない現訴訟段階において、移送の要否及び移送する場合の最適な受移送裁判所を判断するのは困難である。

6  なお、当裁判所において当事者に対し申述及び資料の提出を促し、右の点について審理を尽くした上で移送についての判断をすることも考えられないではないが、抗告審でこれを行うことは、当裁判所の決定に対し不服がある場合の当事者の審級の利益を考慮すれば相当でない。

7  よって、この点について原審において、更に審理を尽くさせるのが相当である。

第三以上によれば、大阪簡易裁判所に移送した原決定は違法であるから、これを取り消し、更に審理を尽くさせるため本件を川口簡易裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官田村洋三 裁判官香川美加)

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